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2020-01

1.17

1月も中旬過ぎになりました。

1/15(水)~
始まりました、「ポルトガル雑貨展」

たくさんのかわいいストールやチョコレートなど盛りだくさん並んでいます。



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ポルトガルの小さな村「マンティガス」から届けられたストールや雑貨達。
伝統的な毛織物が有名なポルトガル。
ポルトガルの様々なホテルでは、ほとんどがこの毛織物を使用しています。


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サイズも色々あり、小さめのストールや、シングルベッドサイズのもの、ソファに掛けてもいいし
また、ひざ掛けにも。
こんな羽織物もあります。
最初は固く感じるかもしれませんが、どんどん馴染んできます。
また毛玉になりにくく、使っていってもぺちゃんこにならずしっかりとしています。
色の濃いニットなどの上に使用しても、毛が付きません。



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チョコレートはヨーロッパで賞を取ったものもたくさんあります。
抹茶味、シープミルク配合なんてものも。

こちらは26(日)まで開催しておりますので、是非この機会に。
関西初のイベントです。


さて・・・。


今日は阪神淡路大震災から25年。
あれからもう四半世紀経つんですね。

すっかり復興を遂げた神戸。
風化していってしまうのはダメだと思い、あの時のこと、見たこと、感じたことを少し綴ろうと思います。

1.17。
その日、私は休みをもらいちょうど旅行に出かけていました。
午後の飛行機で神戸に帰る予定だったのです。

早朝に起きた震災を遠く東北の地で知り
飛行機を急遽変更し、伊丹空港へ。

着陸前に眼下に広がる煙や、いつもと違う街の様子に愕然としました。
空港に到着しても、公衆電話は長蛇の列。
もちろん、タクシー乗り場もいつ順番が来るのか分からないくらい
ごった返してました。

記憶では4時間ほどでようやく順番になり、
運転手さんに
「神戸へ・・・。」
と告げると、
「あほか!!!!!行けるもんなら歩いて行け!!!」
と怒鳴られました。

朝ホテルから移動し、空港に着いても
ロビーに設置されているテレビからは、大阪の近郊の状況を伝える報道しかなく
その時点では神戸の状況は全く伝わっていませんでした。
とんでもないことが起こっているとようやく理解したのもこの時でした。

なんとか大阪の親戚の家に泊めてもらい
実家にも連絡ができ、無事を報告。

でも、早く帰らなくては。
なんだかそんな気持ちになり、
3日後、京都から福知山経由で12時間かけ明石までたどり着きました。

そこから自宅まで徒歩。
でもあちこちで道が陥没し、電気もないので
夜道は真っ暗に。
ただ、空を何台ものヘリコプターがバリバリ音を立て
旋回しているのが見えました。
その音があまりにもうるさく、近づいてくる車やバイクの音に気付かなくなるくらいでした。


あちこちでガス漏れ注意の張り紙があったり、道を塞いで倒壊している家々を避け
ようやく家にたどり着き。

家の中が信じれないくらい散乱しており
ガラスの破片や棚やテレビが
元あった場所から吹っ飛んでいたり。
ただ茫然とし、立ち尽くし、泣くしかできませんでした。
でも、私が住んでいたところはまだ全然大丈夫で。


たまたま近くに友人が住んでいて、そこのマンションは大丈夫だったので
しばらくお世話になり、
それからは、家の片付けに追われ
自分のことで精一杯でした。
全然知らない人に助けてもらったり、使えなくなったものを運び出したりして
友人と身を寄せて生活していました。

毎日生きていることを実感しながら
これからのことをぼんやり考えていました。

日を追うごとに状況が分かって来て、
市場で火災が起きたと報道されいるのを
現実とは思えず
なかなかちゃんと気持ちの整理がで来ませんでした。

数ヶ月後に神戸を離れることになり
車で荷物を運んでもらい
初めて神戸の中心街や東灘区、芦屋などを通り
報道されていない場所も車の中から見て
顔を背けることしか出来なかったように思います。

いつか、いつかまた神戸に帰ってくるから・・・。
そう思って神戸を離れました。


・・・・。
今思えば、何かできることがあったのでは・・・。
とも後悔しています。
あまりにも悲惨なことの連続で、ちゃんと状況に向き合えていなかったなと。

でも・・・。

知らない人同士、寄り合い、助け合うことで
少しずつ落ち着きを取り戻し
逞しく生き抜く人々の姿を見て。
前を向いて生きていくしかない!
そう感じました。

あの時の記憶は鮮明に覚えています。
そして。
その震災が起こる、数か月前に住んでいたハイツ。
そこは全壊し、1階が潰れ、2階の窓を壊して脱出した形跡もありました。
震災直後に父がそこを訪れ、大家さんを探したそうです。
大家さんのご自宅も全壊していて、結局は会えずだったそうです。

その時の写真を今も持っています。
父は昔報道関係の仕事をしていて、震災の記録を写真に収めていました。

もし、引っ越ししていなかったら・・・。
どうなっていたかは分からないですが、
今こうやって、毎日お仕事をし、当たり前のように
生活をしています。
日々感謝の気持ちを持って。
そして、備えあれば憂いなし。

どこにいても、どんな時も。
慌てず、冷静な気持ちを持ち併せたいなと思っています。

長々と書きましたが
記録として。

長文読んでくださってありがとうございます。



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